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2011年7月31日 (日)

天若日子の目論見 333

 武器携帯で出雲国へ派遣された天若日子。
 出雲国へ着くや否や、大国主神のお嬢さん、下照比賣を見初め
 ご一緒になってしますのです。
 (下照姫は=高姫命=下光姫命)
 最初に派遣された天菩比神は大国主神と彼が治める国を
 こよなく好きになるのですが
 天若日子は出雲国の女性を好きになってしまいます。
 ましてや、事もあろうに大国主神のお嬢さんを。
 その次に 「亦慮獲其国」 と記載されていますので
 下照姫の美しさのみで娶ったのではなく天若日子の目論見は
 やがて時を経て、大国主神から出雲国の禅譲やも。
 娘婿でお家乗っ取りはよくある手。
 「至于八年 不復奏」 から
 天菩比神(3年)より長期間(8年)天照大御神に音信不通です。
 それは彼にとっては当然の事、
 天若日子は高天原に帰るつもりは毛頭ないのですもの。
 しかしながら、翻って考えると
 豊葦原瑞穂国、出雲国は至って素晴らしい国だったって事に。
 何せ、大の男お二人共に魅せられてしまった訳ですから。
 待てど暮らせど沙汰がない状況に痺れを切らした天照大御神は
 再々度、高天原の神々と思金神に諮ります。
 天若日子の復命しない理由を聞いてくる神の選定を。
 そして、これに対し彼らの推挙は鳴女(なきめ)と言う名の雉。
 雉は 「きぎし」 きじの古称。
 鳴女も雉の異称。
 この 「雉名鳴女」 から雉の雌と推定されます。
 雌雉ゆえ、女性に目がない天若日子には打って付けの役目柄?
 いえいえそんな単純ではございません。
 高天原の神々と思金神が熟考、推薦した神ですよ。
 天若日子にたらしこまれない様逆目を衝いたのです。
 鳥、及び、動物等は
 基本的に 「雌」 に比して 「雄」 の方が見た目綺麗です。
 何故かと云うと雄は子孫繁栄の為、
 雌に、よりアピールし、
 数多いる雄仲間から自己をチョイスして欲しいからなのです。
 故に、熟考の上、地味目の雌雉を選択したと考える方が・・・・・。
 雉名鳴女のミッションは
 「汝を豊葦原瑞穂国に使わしたのは
  出雲国の荒ぶる神々を言趣け
  (言葉で説き従わせる)平定する事。
  何で8年もの間、梨の飛礫なんじゃ。」 とメッセージし
 彼のレスポンスを得てくる事。
 この命を彼女は忠実の実行、
 天若日子が暮らす家の前に繁っている
 楓の枝に止まり委曲(つばら)かに、事細かく伝言したのです。
                                                                  続く。

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2011年7月24日 (日)

天菩比神と天若日子を派遣 332

 天照大御神の一方的な宣言、
 「豊葦原瑞穂国は私の息子が支配する国。」
 
 この命により、息子の天忍穂耳命(あめのおしほみみのこと)
 豊葦原瑞穂国へ赴くことに。
 但し、このご子息、
 大事々々に育てられたのか、気が弱かったか、
 豊葦原瑞穂国を遠くから眺め、現地の赤裸々な喧噪状況に驚き
 さっさと母親、天照大御神の元に戻ってしますのです。
 母親が息子に甘いのは致し方有りません?
 天照大御神は仕方なく、高御産巣日神の権威をも利用し
 高天原の八百万の神々を 「天安河の河原」 に終結させます。
 仕切り役は高御産巣日神のご子息、思金神
 (この神は天照大御神を天の石(岩)屋戸から出てき来て頂く際の
  作戦本部長を務めたお方。)
 この天安河の河原、野外広場で天照大御神は
 八百万の神々に表明します。
 「豊葦原瑞穂国は私の息子が支配する国」 と。
 更に息子の不甲斐なさには触れず、
 「豊葦原瑞穂国に荒ぶる神々多いので先ずどの神を使わせたら
  良いものだろうか?」 と。
 この彼女の仰せに
 思金神と八百万の神々は相談し合い、
 天菩比神(あめのほひのかみ)を推挙します。
 (天菩比神は天照大御神の次男。=天之菩卑能命・天菩比命)
 気の弱い長男坊、天忍穂耳命の代わりで
 やんちゃな次男坊、天菩比神の推挙は順当やも。
 ところが、この次男坊、出雲国へ赴くのですが
 大国主神のお人柄に惹かれたのか?いたくこの国を気に入り
 大国主神に媚びへつらい居着いてしまうのです。
 故に彼の任務は頓挫。
 次の表記に3年もの間、母親の天照大御神に何も報告しなかった
 と有ります。
 天菩比神から何にも音沙汰がないものですから
 高御産巣日神と天照大御神は次なる使者選びを所望。
 思金神らの次なる推挙は
 天津国玉神の息子、天若日子(あまのわかひこ)。
 更に、今度は天若日子に武器を持たせます。
 彼に天菩比神と同じ轍を踏ませない様にしたのです。
 武器は
 天之麻迦古弓と天之波波矢。 要は弓矢。
 そして、天若日子は颯爽と出雲国へ。                     続く。

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2011年7月17日 (日)

高天原から出雲国に派遣される神々 331

 ここからの場面は大年神の件(くだり)と
 すっきり区切られていて中々判りやすくなっています。
 高天原にいらっしゃる天照大御神が再び登場。
 豊葦原瑞穂国はわたくしの息子、正勝吾勝勝速日天忍穗耳命
 (まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと) が
 お治めになる所と宣言しているのです。
 少し長目ですが一気に。

天照大御神之命以
豐葦原之
千秋長五百秋之水穗國者
我御子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命之所知國
言因賜而
天降也
於是天忍穗耳命
於天浮橋多多志(此三字以音)而
詔之
豐葦原之
千秋長五百秋之水穗國者
伊多久佐夜藝弖(此七字以音)有那理(此二字以音下效此)告而
更還上
請于天照大御神
爾高御産巣日神 天照大御神之命以
於天安河之河原
神集八百萬神集而
思金神令思而詔
此葦原中國者
我御子之所知國
言依所賜之國也
故以爲於此國道速振荒振國神等之多在
是使何神而
將言趣爾思金神及八百萬神
議白之
天菩比神是可遣
故遣天菩比神者
乃媚附大國主神
至于三年
不復奏
是以高御産巣日神 天照大御神
亦問諸神等
所遣葦原中國之天菩比神
久不復奏
亦使何神之吉
爾思金神答白
可遣天津國玉神之子
天若日子
故爾以天之麻迦古弓(自揺下三字以音)
天之波波(此二字以音)矢賜天若日子而

於是天若日子
降到其國即娶大國主神之女
下照比賣
亦慮獲其國
至于八年
不復奏
故爾天照大御神 高御産巣日神
亦問諸神等
天若日子久不復奏
又遣曷神以
問天若日子之淹留所由
於是諸神及思金神答白
可遣雉名鳴女時
詔之
汝行
問天若日子状者
汝所以使葦原中國者
言趣和其國之荒振神等之者也何至于八年不復奏
故爾鳴女自天降到居天若日子之門湯津楓上而
言委曲如天神之詔命
爾天佐具賣(此三字以音)聞此鳥言而語天若日子言
此鳥者其鳴音甚惡
故可射殺云進
即天若日子
持天神所賜天之波士弓
天之加久矢射殺其雉
爾其矢自雉胸通而
逆射上逮坐天安河之河原
天照大御神
高木神之御所
是高木神者
高御産巣日神之別名
故高木神
取其矢見者
血箸其矢羽
於是高木神
告之此矢者
所賜天若日子之矢即示諸神等
詔者
或天若日子
不誤命
爲射惡神之矢之至者
不中天若子
或有邪心者
天若日子
於此矢麻賀禮(此三字以音)云而
取其矢
自其矢穴衝返下者
中天若日子
寢胡床之高○坂             ○は上が匈で下が月
以死(此還矢可恐之本也)亦其雉不還
故於今諺
曰雉之頓使本是也
故天若日子之妻下照比賣之哭聲
與風響到天
於是在天天若日子之父
天津國玉神
及其妻子
聞而
降來
哭悲
乃於其處作喪屋而
河鴈爲岐佐理持(自岐下三字以音)
鷺爲掃持
翠鳥爲御食人
雀爲碓女
雉爲哭女
如此行定而
日八日夜八夜以遊也
此時阿遲志貴高日子根神(自阿下四字以音)
到而弔天若日子之喪時
自天降到
天若日子之父亦其妻
皆哭云
我子者不死有祁理(此二字以音。下效此)
我君者不死坐祁理云
取懸手足而哭悲也
其過所以者
此二柱神之容姿
甚能相似
故是以過也
於是阿遲志貴高日子根神大怒曰
我者愛友故弔來耳
何吾比穢死人云而
拔所御佩之十掬劔
切伏其喪屋
以足蹶離遣
此者在美濃國藍見河之河上
喪山之者也
其持所切大刀名
謂大量
亦名謂神度劔(度字以音)
故阿治志貴高日子根神者
忿而飛去之時
其伊呂妹高比賣命
思顯其御名故
歌曰
阿米那流夜 
淤登多那婆多能 
宇那賀世流
多麻能美須麻流 
美須麻流邇 
阿那陀麻波夜 
美多邇
布多和多良須 
阿治志貴
多迦比古泥能
迦微曾也
此歌者
夷振也

 お疲れ様。ちょいと長かったかしら?             続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P47の15行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2011年7月10日 (日)

大年神の末裔は農耕・自然神 330

 大国主神の出雲での国造りの話が端折られ、
 (原作者はこれで十分と判断したやも)
 唐突にも須佐之男命と大山津見神のお嬢さん、大市姫との間に
 設けられた 「大年神」 の末裔、系譜へ展開に。
 取り急ぎ整理してみると下記の様に。

須佐之男命    
大山津見神之娘の大市姫 ―→ 大年神
     
大年神    
神活須毘神之娘の伊怒姫 ―→ 大国御魂神
    韓神
    曾富理神
    白日神
    聖神
     
大年神    
香用姫 ―→ 大香山戸臣神
    御年神
     
大年神    
天知迦流美豆姫 ―→ 奧津日子神
    奧津姫命(大戸姫神)
    大山咋神(山末之大主神)
    庭津日神
    阿須波神
    波比岐神
    香山戸臣神
    羽山戸神
    大土神(土之御祖神)
     
羽山戸神    
大気都姫神 ―→ 若山咋神
    若年神
    若沙那女神
    弥豆麻岐神
    夏高津日神(夏之女神)
    秋姫神
    久久年神
    久久紀若室葛根神

 大年神・御年神・若年神、これらの神々は世代こそ違い
 「年(歳)神様」 とされています。
 この 「年」 は時の単位ではなく、
 特に稲作を意識した冬・春・夏を経て秋の収穫に繋がる
 全般的な意味合いが有り、年=稲とされていた感じです。
 否、時系列が逆で稲作⇒年なのかも。
 試しに国語辞書でお調べ下さい。
 決して薄っぺらいデジタル辞書ではなくってネ。
 故に、稲作に関係する神々が沢山登場しています。
 日と土 (大土神) の神々、
 若沙那女 (田植え) 神、
 弥豆麻岐 (水撒き) 神、
 夏高津日 (かんかん照り) 神、
 秋姫 (大豊作) 神。

 ここで突然ですが古事記風に
 このコーナーで注釈されている2柱。
1 奧津姫命=大戸姫神
   この神は竈(かまど)神として拝まれた。
  (竈は炊飯電気釜のクラシック版)
2 大山咋神=山末之大主神
   この神は近江(淡海)の国、日枝山(比叡山)のお近くに座す。
   この神を祀る神社が 「日吉大社」
 日吉神社について 御祭神での説明に
 「御神名の『クイ』というのは、
  山の樹木やその麓の田畑の五穀をグイグイと
  伸ばし育てて下さる御神徳を指したものです。」
 又、「その兄弟神には竃神・庭の神・玄関の神・土の神があり、
 その御両親の神が大年の神(稲の神)と水の神であることから
 五穀豊穣から家庭日常生活の守り神として広く信仰・・・・・。」
 以上から
 天知迦流美豆姫=水の神 ?
 庭津日神・庭高津日神=庭の神 ?
 玄関の神は一体どの神 ???
 何れにしてもここに登場される農耕文化を司る神々かと。   続く。

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2011年7月 3日 (日)

又なる急展開な古事記  329

 2回に渡り、「倭」 に関するお隣中国の文献を紹介しました。
 倭はダイレクトに 「やまと」・「ヤマト」 に
 直結していない香りが漂っている感じがします。
 東大・京大の2大学説を頂点とする古代史の読み解きには
 更なる科学的な遺跡解析をお待ちさせて頂く事に致します。

 そして、再び古事記に。
 少彦名神(少名毘古那神)の蒸発、
 気弱に成り下がる出雲を治めていた大国主神、
 そこに突如、現れ出し光り輝く神
 その光り輝く神の要求は
  「倭の青垣東山上に斎(伊都岐)奉れ」。
 この件(くだり)をもそっとお続け下さればと思うのですが
 古事記の常套手段、これでお仕舞いにして
 いきなり末裔神々の紹介コーナーに突入してしまう有り様なの。

故其大年神
娶神活須毘神之女
伊怒比賣
生子
大國御魂神
次韓神
次曾富理神
次白日神
次聖神(五神)
又娶香用比賣(此神名以音)
生子
大香山戸臣神
次御年神(二柱)
又娶天知迦流美豆比賣(訓天如天亦自知下六字以音)
生子
奧津日子神
次奧津比賣命
亦名大戸比賣神
此者諸人以拜竈神者也
次大山咋神
亦名山末之大主神
此神者
坐近淡海國之日枝山
亦坐葛野之松尾
用鳴鏑神者也
次庭津日神
次阿須波神(此神名以音)
次波比岐神(此神名以音)
次香山戸臣神
次羽山戸神
次庭高津日神
次大土神
亦名土之御祖神(九神)  
 上件大年神之子 自大國御魂神以下
 大土神以前 并十六神
羽山戸神
娶大氣都比賣神(自氣下四字以音)
生子
若山咋神
次若年神
次妹若沙那賣神(自沙下三字以音)
次彌豆麻岐神(自彌下四字以音)
次夏高津日神
亦名夏之賣神
次秋毘賣神
次久久年神(久久二字以音)
次久久紀若室葛根神(久久紀三字以音)
 上件羽山戸神之子 自若山咋神以下
 若室葛根神以前 并八神

 決して、音を上げないで下さいましネ。            続く。
 
 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P46の7行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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