« 倭之青垣東山上に斎奉れ  326 | トップページ | 日本国は倭国の別種なり  328 »

2011年6月19日 (日)

楽浪海・帯方東南大海中に倭人  327

 「倭」 はワ、或いは、ヰ(ワ行のイ)。
 古事記での 「倭」 表記は天照大御神と建速須佐之男命らが
 おつくりになった神々紹介で記されています。
 天照大御神の三男坊、天津日子根命の末裔、
 倭田中直 倭淹知造
 (建速須佐之男命 V.S. 天照大御神 249 及び、
  天照大御神は玉の五男 251 をご覧下さい。)
 「倭」 の次の出現は、
 自出雲 將上坐倭國而
 (須勢理姫命の嫉妬心 312 をご覧下さい。)
 これは、八千矛神 (大国主神)の浮気虫を
 妻の須勢理姫が封じ込めた際の描写時に表記されています。
 先人は 「倭」 を 「やまと=大和」 としています。
 ただ、古事記ではこの 「やまと」 表記は 「夜麻登」 と。
 (大国主神の拙い云い訳 313 をご覧下さい。)
 夜麻登は確かに やまと と読めます。
 しかし、倭は 「やまと」 とは読めません。
 時系列では
 お隣、中国人が遥か昔に、
 日本の何処か、或いは、誰かを 「倭=ワ・ヰ」 と呼称・表記。

 「(前)漢書(かんじょ) 地理志」
 (班固(32~92)が撰、82年?成立) で

樂浪海中有倭人
分爲百餘國
以歳時來獻見云

 ここに 「倭人」 と表記されています。
 「楽浪海中に倭人あり。
  分れて百余国となす。
  歳時をもって来たりて献見すという。」

 「三国志・魏書(烏丸鮮卑)東夷伝倭人条」 通称、魏志倭人伝
 (陳寿(233~297)が撰、280年?成立) では

倭人在帶方東南大海之中
依山島爲國邑
舊百餘國
漢時有朝見者
今使譯所通三十國 

 「倭人は帯方(郡)の東南大海の中にあり。
  山島に依りて国邑をなす。
  旧(もと)百余国。
  (前)漢の時朝見する者あり。
  今、使訳通ずる所三十国。」

 この後述に有名な 「邪馬壱(台)国」 が登場、更に
 「倭国乱れ、相攻伐すること歴年。
  乃(すなわち)共に一女子を立てて王となす。
  名づけて卑弥呼(ひみこ)という。
  鬼道に事(つか)え、能く衆を惑わす。」 と続く事に。

 陳寿は 「(前)漢書(かんじょ)」 に目を通していたのです。
 倭人 ⇒ 倭国 と記述する陳寿。                               続く。

|

« 倭之青垣東山上に斎奉れ  326 | トップページ | 日本国は倭国の別種なり  328 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 倭之青垣東山上に斎奉れ  326 | トップページ | 日本国は倭国の別種なり  328 »