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2010年4月25日 (日)

八俣遠呂智(おろち=大蛇)は一体、何? 271

 更に、建速須佐之男命は涙の訳を問いただします。

亦問汝哭由者何
答白言
我之女者自本在八稚女
是高志之八俣遠呂智(此三字以音)毎年來喫
今其可來時故泣

 何やら、この老夫婦には八人のお嬢さんがいらして
 毎年、こしのやまたのおろちが来て、喫=食べちゃうらしく、
 既に7人ものお嬢さんが食べられ、
 この時節、当に、こしのやまたのおろちが
 最後のお嬢さん、櫛名田比賣を求めに来るから
 泣いているのですと答えます。
 この 「喫」 をどう解釈したらよいのか?
 思案のしどころなのですが・・・・・。
 取り急ぎ、その事はひとまず置いときます。

 そこで、建速須佐之男命は、
 では、そのおろちは一体どんなすがたかたちをしているのかと
 問いつめます。

爾問其形如何
答白 
彼目如赤加賀智而
身一有八頭八尾
亦其身生蘿及桧榲 
其長度谿八谷峽八尾而
見其腹者
悉常血爛也(此謂赤加賀知者今酸醤者也)

 おろちの目は赤かがち (ホオズキ) 色の様。
 その体は八つの突き出た頭=山と八つの尾=山裾が有り。
 その体のは蘿=苔生(む)していて、
 桧=檜や榲=杉が生い茂っている。
 その大きさは谿=渓(谷)が八つ、峽=峰(尾根)が八つに渡る程。
 その中腹を見ると、悉くやはり赤ホオズキ色。

 何やら妙に変な 「おろち(大蛇)」 なんです。                 続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P30の3行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2010年4月18日 (日)

櫛名田比賣の登場 270

 建速須佐之男命は出雲国、斐伊川の川面を観ていた際、
 上流から「箸」が流れて来たのです。

此時箸從其河流下
於是須佐之男命
以爲人有其河上而
尋◯上往者
老夫與老女二人在而
童女置中而泣 

 この日本は古来より 「突っつく、切り刻む」 文化ではなく
 繊細な 「摘み挟む」 文化だった事がこの記載から読み取れます。
 決して、「ナイフ・フォーク」 でなく 「はし (箸)」。
 又、「肉食文化」 でなく基本的に 「菜食文化」 であった事も。
 須佐之男命はこの箸を見て、
 上流に 「人」 がいるって気づき、上流を目指します。
 すると思い通り、
 お爺さんとお婆さんを発見。
 ところが、近づいてみると
 この二人はお嬢さんを真ん中にして
 何と、悲しみの涙を流していたのです。
 そこで、須佐之男命は尋ねます。

爾問賜之汝等者誰 
故其老夫答言 僕者國神 
大山(上)津見神之子焉 
僕名謂足(上)名椎 
妻名謂手(上)名椎
女名謂櫛名田比賣

 するとお爺さんが答えます。
 「私は国つ神、大山津見神 (山の神) の子で
 名を足名椎 (あしなづち)、
 又、妻の名は手名椎 (てなづち)、
 そして、娘の名は櫛名田比賣 (くしなだひめ) でーす。」 って。
                                                                続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P29の13行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2010年4月11日 (日)

建速須佐之男命の新たな旅立ち 269

 建速須佐之男命は 「礼節を知る。」 に潔く
 素直に、体罰、罰金、追放 (流刑) される事に甘んじます。
 これら天つ国の神々の裁定は現在の刑罰に通じます。
 しかしながら、この罰の主たる要因は
 農耕民族にとって一番大事な 「土地(田畑)」 を壊した事。
 大嘗祭を行うイベントルームを汚した事、
 又、素敵な女性デザイナーさんとの
 命倶楽部 (めいくらぶ) 案件は
 当然、問題とされていないのです。       
 努々 (ゆめゆめ) お違えない様に。
 
故所避追而
降出雲國之肥(上)河上在鳥髮地

 流刑地は極寒の網走ではなく、大和地区から見て
 日の沈む地とされた 「出雲国」。
 ひのかわの上流、とりかみと云う処。
 ひのかわは現在の斐伊川とされています。
 とりかみの地は特定されていません。
 ここで又々、グーグルアース (google earth) のお力を。
 先ずは夕日の国、出雲

夕日の国、出雲

 お次は、出雲、斐伊川の付近

出雲、斐伊川の付近

 建速須佐之男命はこの地から再出発を果たすのです。   続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P29の12行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2010年4月 4日 (日)

古事記での創世神話は 268

 再度、古事記序文から(この初出は神話、古事記を紐解くとで)

夫混元既凝
氣象未效
無名無爲
誰知其形
然乾坤初分
參神作造化之首
陰陽斯開
二靈爲群品之祖
所以出入幽顯

 上記を梅原猛さんは
 「混沌とした世界のはじめはすでに凝り固まりましたが、
 万物を形成する生命とその活動はまだ現れませんでした。
 その状態はちょうど老荘のいうように、無名無為の状態であり、
 誰もその形を知る事ができませんでした。
 しかしながら、やがて天と地とが分かれ、
 天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三柱の神が、
 最初の創造の神さまとして現れ、
 陰と陽、男と女の区別が生じて、
 伊邪那岐神と伊邪那美神が
 すべてのものの生みの親となられました。
 こうして、伊邪那岐神はこの世から黄泉の国に行かれ、
 また黄泉の国からこの世にお帰りになり、」
 (神々の流竄 p373 集英社)

 ここの、カオス(混沌)から奇跡的に天空・大地・生命が出現し、
 陰と陽、男と女 (姿形では女と男) の区別が生じて
 からは伊邪那美神と伊邪那岐神のお二人が
 「宇宙のすべてのものの」 創造主になっているのです。
 決して一人ではものを造れないのです。
 更に、「うむ」 の行為=実践は女性が神から委ねられたお役目。
 故に、
 原始より女性は太陽であり、原始は母系社会だったのです。
 生あるものは必ず次の命を宿し
 やがて天寿を全うし、
 次の生あるものにその次の命を託す
 果てしなく、限りない、終わりなき繰り返し。   
 この、「もののあわれ」 が日本文化の根源。         続く。

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