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2009年1月11日 (日)

旧暦 太陽太陰暦の仕組み 204

 アメリカ消費経済の恩恵を受けていた国々が未曾有 (みぞう) の
 打撃を食らっている今日この頃。
 「100年に一度の経済危機」 と云われるている今より136年前迄
 わが日本は 「旧暦 太陽太陰暦」 で物事を考えていました。
 遡ると、
 天保暦 1844~1872 渋川景佑 (高橋至時の次男) ら作製
 寛政暦 1798~1843 高橋至時 (高橋景保の父) ら作製
 宝暦暦 1755~1797 安倍 (土御門) 泰邦ら作製
 貞享暦 1685~1754 渋川春海 (はるみ) が作製
 上記4点が日本人制作の旧暦 太陽太陰暦。
 これ以前は全て made in china で、
 宣明暦  862~1684 唐の徐昂さん制作 何と822年間も・・・。
 これは、皆さんよくご存じ、
 学問の神様とされた菅原道真さんのお陰?(894年遣唐使の中止)
 五紀暦  858~ 861 唐の郭献之さん
 大衍暦  764~ 857 唐の一行さん
 儀鳳暦  697~ 763 唐の李淳風さん
 元嘉暦  604~ 696 南朝宋の何承天さん
 (日本書紀に準ずると 692~)
 604年をスタートとしたのは 「政事要略」 に依る事に。
 政事要略は藤原道長さんの時代、1002年頃に惟宗允亮が撰。
 ココを語りますとみやびな平安中期時代に帰ってしまいますので
 興味の有る方はご自分でお調べ下さいませませ。
 太陽太陰暦は
 一ヶ月を地球の周りを回る 「月 (太陰)」 の公転周期を基準にし、
 一ヶ年を 「太陽」 の周りを回る地球の公転周期とせず、
 十九年に七回、閏月を入れて季節を調整する暦。
 (もっとラフなら3年に一回の閏月を挿入。)
 所謂、太陽歴と太陰暦の良い事取りをした暦なのです。
 月 (太陰) の満ち欠け周期 (一朔望月) は
 平均29日12時44分3秒間。約29日と半日で月は地球を一巡り。
 故に、一朔望月 (新月⇒上弦の月⇒満月⇒下弦の月⇒新月)を
 一ヶ月としたので、ほぼその月の15日は十五夜お月さんに。
 なかなか、オシャレでしょう。(但し、季節により若干の狂い有り。)
 (月の地球の周りを回る公転周期は約27日7時間40分48秒、
 この満ち欠け周期、29.5日との2日余りの差は地球が動いている
 から。月が地球を一回りしたにも関わらず地球はあちらに。)
 一方、
 地球の太陽の周りを回る公転周期は約365日5時48分46秒間。
 一朔望月の12倍は29.5日×12回=354日となり
 地球の公転周期の365日に11日足らずで1年になりません。
 ここが太陰暦の弱い所に。
 そこでこの11日足らずを修正する事に。
 その方法は、前回紹介の自然歴に近い二十四節気を利用する事。
 高橋至時 (これとき) の息子で渋川家に養子に入った景佑が
 作った天保暦に依る修正方法は、一朔望月を順列にして

 冬至 (十一月中気) の入る月が 11月  子
 春分 (二月中気) の入る月が 2月  卯
 夏至 (五月中気) の入る月が 5月  午
 秋分 (八月中気) の入る月が 8月  酉

 と割り振り、新月 (朔) の日
 月と太陽が同じ方向(月の黄経が太陽の黄経に等しい時)の時刻
 を含む日を朔日 (ついたち)=1日とする。
 残りの12月・1月、3月・4月、6月・7月、9月・10月を
 順列に組み込むと1年間の暦が出来上がり。
 しかしながら、ここで三朔望月が生じる事がまま有る事に。
 例えば、1月⇒2月(固定)⇒○月⇒△月⇒□月⇒5月(固定)に。
 ○月と△月と□月のどれかが3月・4月となる訳ですが、
 ここで又、二十四節気のお出ましになります。
 三月中 (穀雨) と四月中 (小満) の入る月が
 正真正銘の3月と4月に。
 もし○月が3月で□月が4月であれば、△月が閏月に。
 そして命名は前月の月を貰い閏3月とする。
 これでクリアー (clear) する事になるのです。
 だが、しかし、何か変な事に気づきません?
 十二支の三番目の寅が正月 (一月) に配されています。
 十二支の一番目は子 (十一月) の筈。
 と云う事は、
 古代中国人の方は冬至を1年のスタート基準としていたのです。
 昼間の一番短い日、冬至を含む一朔望月を正月 (一月) としても
 良かったのですが、やっぱり 「肌感覚」 を優先。
 一番寒い日から温かくなる日を 「立春」 とし旧暦では正月一日に。
 故に太陽暦の冬至 (12/22) から地表温度が最低から反転する
 立春 (2/4) を一年のスタートと考えたのでした。
 今年、お隣中国の春節 (旧正月) は1月26日。
 今でも中国の方々は太陽暦を採用しながらも、
 正月一日は何とはなしに過ごし、
 旧正月の春節は大はしゃぎをなさる事実。
 この欧米文化に抗する姿勢は何となく朗らかに感じますが・・・。
                    続く。

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