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2008年3月30日 (日)

天動説の林羅山 (儒者) 163

 1606年 林羅山v.s.佐久間甚九郎正勝の論戦 (問答)

 佐久間甚九郎正勝 (1556~1631) 51歳 キリスト教徒
 林羅山 (1583~1657) 24歳 儒者

 かなり歳の差があります。
 大学出の青臭く、旬な正義漢が
 酸いも甘いも味わった感がある老練な文化人に挑む様?
 要はこれからの若者と老い先が垣間見えるお年寄りの対話。

 林羅山 v.s.    佐久間甚九郎正勝
 古代中国宇宙観 (太極説) v.s.    天地創造説
 天動説 v.s.    地動説

 古代中国宇宙観
 太極説の陰陽思想の二元論
 やや、科学的には蓋天説(がいてんせつ)
 アバウトでは宇宙 (天) と地は並列で上が天。
 それを発展させて、渾天説 (こんてんせつ)
 これもアバウトでは宇宙 (天) は球体で地はその中にあり、
 あくまでも地は平面。

 天地創造説
 これは 「6日目に人が造られ、7日目が日曜日」 のものがたり。

 天動説
 宇宙 (天) のみが動いている説。
 現実感覚として、
 基本的にわたくし達はこの考え方に違和はないと思われます。
 古代ギリシャ科学 (幾何学など) を集大成したギリシャ人、
 クラウディオス・プトレマイオス (90?~168?) の天動説。
 太陽・月・星々がわたくし達の住む大地を中心として
 「回って、回って、回ってるー」 と云う考え方。
 今でこそ、この考え方は 「変」 となりますが、
 20世紀、宇宙船から地球を観た映像を通して
 初めて 「実感?」 できた方々の云う台詞ではありませんか。
 日々生活を営むわたくし達にとって、
 足をつけている大地が左から右へ回っているなんて
 これっぽっちも 「実感」 できません。
 回りの景色が見渡せない、車や電車が同速度で走っている際、
 内側同士の観察者には、
 車や電車が止まっている様な、あの・その・感覚です。
 要は、わたくし達は 「錯覚」 の時空で生活しているのです。
 この考え方は、「コペルニクス的転回」 が行われる
 16世紀まで生活上全く問題はなかったと思われます。   続く。

弥生三月
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弥生三月

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