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2008年3月23日 (日)

蛮カラのキリスト教? 162

 関ヶ原で勝利した徳川家康は色々画策し、
 1603年に征夷大将軍の地位を獲得します。
 長く続いた戦乱の世が漸く決着し、まとめの時代に突入です。
 機を見るに敏で(今日日は 「KB」 ?)、
 文化人と変貌した、佐久間甚九郎正勝は
 当時、新進ファッション思想=カトリック教の虜。
 家康は秀吉亡き後、キリスト教を禁教としませんでしたので
 ファビアンこと甚九郎正勝はキリスト教思想の
 情報宣伝活動に邁進します。(ファビアンはハビアンとも)
 1605年には 「妙貞問答」 などを発刊。
 南蛮人の信奉する「キリスト教」、
 イエス・キリストと云う 「神」 を絶賛します。
 八百万の神々
 太陽、山、海、樹木、天照大神を代表とする 「かみ」、
 釈迦、薬師、阿弥陀、大日等々の仏系の 「カミ」
 果ては、聖徳太子・柿本人麻呂・菅原道真らの呪い神まで
 悉く 「神」 として敬う日本人。
 ファビアンこと佐久間甚九郎正勝にとっては、
 全日本人に対して論戦を挑むわけですから、
 とっても楽しかった事と思いますが・・・・・。
 又、ちょいと話が逸れますが、「南蛮人」。
 南からいらした 「や蛮」 な方々。
 この時代、日本に来られた葡萄牙・西班牙人、
 後の英吉利・阿蘭陀人を含めた西洋人一般に対する侮蔑的呼称。
 更に、
 家康の肩書き 「征夷大将軍」 の夷 (えびす)。
 この夷も坂上田村麻呂が退治したと云われる?
 遙か平城京に都があった時代、関東以北にお住まいになって
 いた方々への中央から見た侮蔑的呼称。
 奈良時代の役職名が江戸時代まで続く大らかさ?
 もっと時代を遡れば、お隣の古代中国では、
 「東夷・西戎(せいじゅう)・南蛮・北狄(ほくてき)」。
 中国中心ですから、私たち日本人は 「東夷」 にあたります。
 世界の中心から外れている方々は
 すべて、粗野・野卑な 「夷=蛮」 になってしまうのです。
 明治になり 「洋服」 が紹介され、
 スタンドカラー (立ち襟)= high-collar =ハイカラさん
        と
 羽織・袴の伝統衣装=蛮カラ軍団
 この 「蛮」 は外来が勝利を来した事に???
 どっちがどっちか分からなくなりますが、
 どっちもどっちなのかも。
 近代合理主義に伴う 「デジタル発想 (優勝劣敗)」 が
 日本人の
  「何でもO.K.」・「そんな力まないで」 思想に
 どことなく、そぐわないのかしら?                     続く。

弥生三月
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弥生三月

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