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2008年1月 6日 (日)

3世代続くとブランドは盤石 151

 漸く、ブランド3世代の話に戻ります。
 昨年の師走は何やらこ忙しく、舞絽倶 (ブログ) に冷たい日々。
 功利アメリカ文化と
 ほのぼの東南アジア儒教文化
 とのせめぎ合い。
 「お義理と人情」 の誘惑には
 ZIPANGUスタッフは全員イチコロちゃん。
 1300年以上に渡り脈々と流れ続けている
 日本人の心 (気持ち) のDNAは頑として揺らぎません?
 単に、お酒が恋しい・人が恋しい世界と違います?
 人間3世代の約90年と比して、
 1300年以上の重みは半端ではございません。
 「功利米欧主義文化」 と
 「ほのぼの東南アジア主義文化」との
 戦い・共生せざるを得ない、わが日本文化状況・情況。
 というよりも
 「功利米欧主義文化」 に席巻された観のある日本文化。
 「観」 た目はそうでも、「感」 は未だ大丈夫の筈?
 ほのぼの東南アジア主義文化=儒教文化が醸成されたのは
 今現在、展開中、このお江戸時代。
 松平(徳川)家康 ⇒ 秀忠     ⇒ 家光
 (1542~1616)      (1579~1632)    (1604~1651)
 あくまでも結果論ですが、
 家康は幼くして母親との別離、人質生活を余儀なくされましたが
 彼はその時代を果敢に過ごし、
 ひょんな事から孫の家光まで目出度く?続き (徳川家に取って)
 (徳川ブランド3世代継承)
 徳川政権260年を維持する事に相成りました。
 徳川為政者軍団が世の中諍い無し状況・情況にする政策
 として利用したのが 「古代中国文化」 の儒教思想でした。

 漢語の 「儒」 を 「新漢和辞典」 (諸橋轍次ら・大修館書店)
 で引きますと解字の項に
 「原義は、徳をもって人をうるおす人の意。」
 と記されています。
 「徳」 の解字については
 「のぼり行くこと。
  道徳の徳の原字は、悳 (直と心の会意文字)
  後に悳の字がすたれ、徳が悳に変わって用いられた。
  徳は略字。」
 「直」 の解字については
 「目で見てまっすぐにする意。」
 心はいいですよね。でもここまで来たら、
 「心」
 「象形。心臓の形にかたどる。古代人は精神活動のもとは
  心臓にあると考えたので、こころの意となり、
  物事の中心・重要な所の意となる。」
 
 こんな展開は 「デジタル辞書」 では無理でしょう?
 デジタル展開はリンク (link) を旨とし、
 増殖・膨張をしてくれるような動きをしている様ですが、
 肝心・要・一番大切な所に深さを伴う連鎖をしてくれないのです。
 
 そんでもって徳川ブランド3世代経過の結果、
 ブランド価値の安定・維持目論見にとって、とても都合がよい、
 「ご自分の目でみて曲がっているものを真っ直ぐにし、
  他者を潤す 『儒』 」 を徳川幕府の根本思想としたのです。
 そして、何とこの思想が、極めて色薄くはなっていますが、
 今現在のわたくし共、日本人の 「心=気持ち」
 にあった筈なのです・・・・・。   続く。

鶴は千年
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鶴と寒梅

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