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2007年9月 1日 (土)

江戸歌舞伎芝居小屋の工夫119

 「猿若座(中村座)」 「村山座(市村座)」 に続き、
 1642か1644年に 山村小兵衛か岡村長兵衛が 「山村座」 を。
 1648年には河原崎権之助が 「河原崎座」 を。
 若衆歌舞伎の禁止後、
 1660年に森田太郎兵衛が 「森田座」 (後の守田座)
 太郎兵衛さんは座元で、役者さんは踊りの名手、坂東又九郎。
 又九郎さんの次男坊、又七さんが森田家を継ぎ、森田勘弥に。
 森田弥さんは猿若三郎さんの下で修行されたとの事。
 そして、森田 (守田) 勘弥さんの系列が、
 今現在、女性が何とも羨む美貌の女性?、
 女形 (おんながた・おやま) の第5代 「坂東玉三郎さん」 です。
 彼女 ・彼の美しさは、
 「Tamasaburo Bando Official Site」 の 「ギャラリー」 で。

 以上の5座のご努力を以てして、江戸歌舞伎が存続します。
 とは云うものの、アクター (男優) のみの芝居と踊り。
  (通称、下品な云い方、野郎歌舞伎と云われています。)
 原始太陽、女性無くして物事は始まりません。
 そこで、男優さんによる、女形 (おんながた・おやま) の登場に。
 女性を超えたハイパー (hyper) 女性になる修行。
 忠実 (まめ) でなくてはできません。
 若衆によるキャピキャピお嬢さん表現でなく、
 男性による、原始太陽の女性表現。一朝一夕には行きません。
 
 ショー (show) 的・お笑いコント (仏 conte=寸劇) を脱し、
 ここで繋いだのが、ロングコント。(続き狂言)
 脚本家さんと役者さんの分業体制が敷かれる事になります。 
                  続く。

初秋の桔梗
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初秋の桔梗

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