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2007年8月31日 (金)

残る歌舞伎芝居小屋の逆襲118

 度重なる江戸幕府の歌舞伎界への仕打ち。
 しかしながら、芝居見物は庶民 (お金持ち) の最大の娯楽。
 残された歌舞伎役者さん達は奮起します。
 
 渋谷シアターコクーンで若者達を引きつけ、
 平成中村座の浅草寺奥山公演、果てや
 海を渡ってのニューヨーク公演などエネルギッシュに活躍中の
 第18代中村勘三郎さん。
 彼のご先祖は京の都で能の狂言師をやっておられた方で
 その当時は 「猿若勘三郎」 と云われていたとの事です。

 猿楽 (平安時代の芸能) ⇒ 能・狂言 (鎌倉、室町時代) ⇒
 の流れを発展創造した、阿国歌舞伎の時代の剽軽役、「猿若」。 
 どうも現在同様、ひょうきんな方々は、
 上方 (かみがた) の京 ・大坂出が伝統感じ。
 否、話は逆で、昔から 「お笑い系」 は京阪神出身ってな事に。
 吉本興業、芸能民軍団のT.V.ジャック (jack) は凄いの一言。

 それはさて置き、猿若勘三郎さんはその当時は新興都市、
 お江戸に登場、「猿若座」 (1624年) (江戸幕府公認) を
 立ち上げ、歌舞伎興行主 (座元) 兼、役者さんをこなす
 プレーイングマネージャになります。
 女性歌舞伎は途中、お取りつぶしに成りますが、
 若衆歌舞伎は未だ健在、視聴率?は鰻登り。
 
 「猿若座」 (後の 「中村座」) からやや遅れ1634年、
 同じく大坂、堺出身、
 村山又三郎が江戸に進出し、「村山座」 の立ち上げ。
 後の 「市村座」 になります。                               続く。

 尚、初代中村勘三郎さんの大きな絵は、京都国立博物館所蔵
   「阿国歌舞伎図」 でご覧下さい。
 「収蔵品データーベース」 ⇒ 「作品・文化財の名称」欄に
  阿国歌舞伎図 をコピペして下さい。

晩夏の薊
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晩夏のあざみ

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