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2007年8月 9日 (木)

江戸時代京都みやび事情 107

 東海道五十三次の出発は日本橋、そして終着は京の都。
 この時代の禁裏空間状況をちょいと垣間見てみます。
 徳川幕府第二代将軍徳川秀忠のお嬢さんが嫁いだ 
 京の後水尾天皇の件は、
 「お市の方のお孫さん達」 で紹介しました。

 後水尾天皇 (在位 1611~1629)(1596~1680) 108代
 のお子様達、

  在位 生涯
文智女王   (1619~1697)    典侍 四辻与津子
明正天皇 (1629~43) (1623~1696) 109  中宮 徳川和子
後光明天皇 (1643~54) (1633~1654) 110  女御 園光子
後西天皇 (1654~63) (1637~1685) 111  典侍 櫛笥隆子
霊元天皇 (1663~87) (1654~1732) 112  典侍 園国子

 5名の方々しか記していませんが、公で34名のご子息が存在。
 お元気いっぱい、後水尾帝って感じ。
 ご存じ明正天皇は、
 奈良時代、孝謙 ・称徳天皇以来から久方ぶりの女帝です。
 又、後水尾帝の奥様らの園光子 ・国子は叔母 ・姪の関係。
 園家は藤原道長の次男、頼宗の末裔になります。
 櫛笥 (くしげ) 家は藤原魚名、四条流の末裔とか
 後水尾帝のお子様の内、4名の方々が天皇位ゲットもご立派。
 ネックストは霊元天皇が引き継ぎます。

  在位 生涯
栄子内親王 二条綱平 (1673~1746)    中宮 鷹司房子
憲子内親王 近衛家熙妻 (1669~1688)    典侍 坊城房子
東山天皇 (1687~09) (1675~1709) 113  典侍 松木宗子
尭延法親王   (1676~1718)    掌侍 五条庸子
有栖川宮職仁    (1713~1769)    妃  松室敦子

*坊城家・・・藤原良門系 勧修寺流 吉田家分家
*松木家・・・藤原道長の次男、頼宗の末裔                  
*五条家・・・菅原為長 (1158~1246) の子、五条高長が祖
*松室家・・・古事記の 「月読の神」 の末裔とか?

 霊元天皇もお元気。公で31名のお子さんをこの世に。
 奥様欄を見ると、思わず 「源氏物語」 の書き出し感じ。   続く。

盛夏の朝顔
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盛夏の朝顔

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