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2007年8月 7日 (火)

風流に程遠い松平定信 106

 粋でも、通でも、風流でもない吉宗の踏襲ですので、
 お爺さまに褒められたい一心で、
 実直であったと思われる松平定信は目の前の由無し事を
 一途にこなす事への努力で致し方なかったのかも知れません。
 
 しかしながら
 『由無し事 (たわいもなく 「お得」 がない事象)』
 を好んでやり遂げる 「役回り」 を演じる事の大事さ。
 事柄解決方法論の善し悪しを敢えて問わない事にして、
 誰かが引き受けないと
 少なくても問題解決の糸口は見い出せません。
 所謂、「猫の首に鈴を付けに行く」
 誰もが、嫌で、回避したく、逃げ出したくなってしまう事柄に
 果敢にか?、回りのお調子者に祭り上げられた結果か?
 「鈴付け作業」 を担う御仁が必要です。

 この役目を 「さらり」 とやってのけるのが
 世に云う、「スーパースター (superstar)」 に成る訳です。
 (但し、成功の暁には。)
 大概は 「ラッキー (lucky)」 が無いと失敗するのは必定。
 寅さんではないですが 「奮闘努力のかい (詮)」 が
 有るか無しかは 「お天道様」 しか解らないのも事実です。
 
 吉宗にしろ定信にしろ、後の水野忠邦 (1794~1851) にしろ
 今当に生きているわたくし達が彼らの存在を知り得るのは、
 「猫首、鈴付け作業」 を担った御仁だったからです。
 
 『「庶民 (人間) の欲望規制」 政策は愚の骨頂である。』
 と云う事を彼らは私達に 「お示し」 下さいました。

 『庶民 (人間) 感覚』 の 『粋・いなせ(鯔背)』 の領域空間
 に彼らは足を踏み入れる時間的余裕が存在しなかったのです。
 しかしながら、彼らの個々人のレベル (level) では、
 誰しも嫌がる局面に対置した風流人で有ったのです。 続く。

盛夏の朝顔
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盛夏の朝顔

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