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2007年8月 3日 (金)

儒教が大好き、松平定信 104

 きょう日、何かとお騒がせな 「中華人民共和国」。
 英語表記ではPeople's Republic of China、日本人は 「中国」 と。
 来年は、北京 (Beijing) オリンピック (2008/8/8~8/24予定)。
 今は昔、パリ・シャルルドゴールやミラノ・マルペンサ
 エアポート (airport) の掲示板で 「Beijing」 の案内に、
 無知蒙昧なわたくしは、「それは一体何処かいな?」 と思案橋。
 濁音とは思わなんだ!

 それはさて置き孔子(前B.C 551~479)の流れを組む儒教、儒学。
 日本の江戸時代、為政者に大流行。
 お隣中国では後漢時代 (25~220) に一世風靡、
 遣隋使 (600~) ・遣唐使 (630~) 時代には、
 儒教はあまりパットせず、「仏教」 「老荘思想」 に押され気味、
 やがて時を経て南宋(1127~1279)の時代に
 朱子 (熹)(1130~1200) が儒学の新体系を創設し、
 その思想がこの江戸時代、
 為政者には打って付けの発想として受け入れられた感じです。
 小難しい事は別として、「勤勉 ・実直 ・倹約」 が美徳。
 団塊の世代の方々が生まれる直前まで我が日本の国是?
 徳川吉宗の享保の改革 (1716~1745年) (室鳩巣がブレーン)、
 そのお爺ちゃんの教えを実直に実施して見せた
 松平定信の寛政の改革 (1787~1793年)。
 儒教の教え 「倹約」 精神が政策の基本的な考え。
 徳川家康 ・秀忠 ・家光 ・家綱のブレーンであった儒学者、
 林羅山 (1583~1657) を祖とする林家の 「孔子廟」 と学問所が
 ⇒ 「(湯島) 聖堂」 (1690年 綱吉時代に移動改名) を
 松平定信は
 ⇒ 「昌平坂学問所」 (1797年) とし、「官学」 に変更。
 更に官吏登用試験に 「朱子学」 を必修とする措置を取りました。
 (寛政異学の禁) 続く。

盛夏の朝顔
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盛夏の朝顔

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