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2007年7月17日 (火)

榊原政岑と高尾太夫は越路 96

 ティーンエイジャーで姫路藩主になった榊原政岑は
 約10年でその地位を剥奪され、
 彼の息子、榊原政永 (1735~1808) に代替わり。7歳で藩主。
 この子が多分高尾太夫との愛の結晶?
 この時点での政岑はちゃきちゃき?な29歳。
 更に、姫路から 「越後高田」 に転封を吉宗に命じられます。
 このお陰で、わたくしの 「ふるさと」、 越後高田に
 粋で鯔背な榊原政岑と
 当代きっての粋でファッショナブルな高尾太夫が
 我が新潟県上越市で生活をする事になったのです。
 現在、上越市は某テレビの大河ドラマで
 上杉謙信役を 「Gackt」 さんが演じている事の方が有名?
 お米どころと長閑 (のどか) さが取り柄の越後高田、
 本来、この空間では長生きできる筈にもかかわらず、
 榊原政岑は僅か2年しか過ごせず、あの世に旅立ちます。
 「思うが儘に」 この世を謳歌した思われる政岑にとっては
 長ーーーい、31年間であったと考えています。
 この後、政岑の末裔は明治維新まで高田に留まります。
 ファッションの世界に身を置く事になった私も、
 このお二人の 「粋でファッショナブルな生き方」 が・・・・・。

 一方、去られた姫路は、
 今現在も政岑の 「粋な思いやり」 が継続しています。
 姫路城内にあった 「神社」 に庶民の皆さんを
 正装ではなくカジュアルルックの 「浴衣」 でのお参りを許可。
 この名残が姫路の若者達が毎年荒れ狂う 「姫路ゆかた祭り」。
 元気な若者達は彼の意志を継承し若さを満喫。
 但し、捕まらない対策として 「デモ届け」 を。
 掟破りでも田舎の越後高田には飛ばされませんし、
 尚かつ、一晩、冷房完備で豪華な部屋に泊まれます???続く。

雨の朝顔
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雨の朝顔

 越後高田のお話しのちょうどその時、間が悪いというか、
 昨日 「新潟県中越沖地震」 が我が故郷 (ふるさと) にも
 襲いかかりました。
 上越地区は 「震度6弱」 との事。
 現地にいませんので 「どの程度」 かは経験できませんでしたが、
 わたくしの母親は又々 「かなりびびった」 様子でした。
 これだけ情報機器及びインフラが整備されているとは云え、
 「自然の力」 には到底かなわなく、
 電話アクセスに地震後、約10分ほど要しました。
 お隣の柏崎では 「震度6強」。
 角栄さんも思わずびっくりで倒れたとの事です。(お墓 旧西山町)
 お人好しで忍耐強い越後の方々でも何度も地下で蠢かれると、
 さすがに 「いやになっちゃうー。」 感じ。
 何にもお助けできませんが、何とかもう一度凌いで下さいませ。

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