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2007年6月27日 (水)

平賀源内 羊を飼育 毛織物に 86

 多分、出島オランダ商館でお仕事をしていた南蛮渡来人、
 この時点では彼らを何と呼んでいたのか知りませんが
 とにかく 「西洋人」 のどちら様かが、船に乗せて 「羊」 を
 日本に持ち込んでいたと想像できます。
 彼らの 「食用」 で有ったのか、「ペット」 で有ったのか、
 はたまた、「毛織物用」 で有ったのかは不明ですが、
 この日本の出島に 「羊」 が生息していた事は事実です。
 
 平賀源内は新しい知識を得んが為、
 藩命及び自費で、度々長崎出島を訪れています。
 そして、彼40代の時、出島で飼育されていた羊を発見。
 「羊の毛が織物に変身」 する知識を得、
 早速、彼は羊を頂いたのか、買ったのかは分かりませんが、
 何とその羊を生まれ故郷の讃岐高松に持ち帰り、
 飼育を試る快挙に。
 (遊牧の民と違い船で讃岐まで送りつけた考えます。)
 十分な毛の分量になるまで大事に育て、イザ、毛の刈り取り、
 逸る心で紡績し、拙いながらも、「毛織物」 の出来上がり。
 その生地は、平賀源内の本名、国倫 (くにとも) を取り、
 「国倫織」 ブランドとして販売するに至ります。

 しかしながら、この企画は、
 1 発想の斬新性
 2 消費者の「絹」「綿」に長年馴染んでいる故の
   コンサーバティブ (conservative=保守性) な発想
 3 生地の風合いの悪さ (粗雑な生地性、最初の試みだから)
 4 生命体 (羊さん) 故の環境に対する対応脆弱性
 5 平賀源内の毛織物企画フォロー者の欠如
                等々の理由でぽしゃってしまいます。

 良くアパレル業界のデザイナーさん達が口にします。
 次期商品発注展示会などで
 バイヤー (buyer) の食いつきが良くない (発注が付かない) 際、
 「このデザインは早過ぎた。」
 多分に、企業内デザイナーさん達にとっては
 その時点での
 「バイヤー発注商品」 を予測できなかっただけですが・・・。

 しかしながら、企業内デザイナーさん達の名誉の為に、
 バイヤー発注商品は次シーズン
 店頭 (小売りショップ) で必ず、売れる商品とは全く限りません。
                                                                続く。

雨とあやめ
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雨に煙る菖蒲

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