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2007年4月15日 (日)

木と紙の日本文化 49

 前回、お江戸の火事に触れましたので、
 「火事と喧嘩は江戸の華 (花)」 につきまして。

 日本の家屋はつい先だってまで、「木造住宅」 が主流でした。
 所謂、自然と一体感のある住居暮らしでした。
 家屋の素材は、「木」 と 「紙」 と 「土」。
 決して、「お隣さん」 がどちら様か分からない!
 なんて事はあろう筈もございません。
 良かれ悪しかれ、和気藹々 (あいあい 相愛 (当て字))で
 それは、それは素敵な 「共同体」 を形成していました。
 
 今は昔、「ブー・フー・ウー」 では、
 用意周到で 「石造りの家を建てた」 ウー君が評価され、
 某テレビ局は 「木と紙文化」 を全否定していましたが
 なにおかいわん (況) やです。
 障子戸を開ければ、「天然エアコン」、
 暑さ、寒さが、身を以て体験できたのです。
 この事が、四季折々の 「生きている感じ」 を味わえる由縁です。
 常に一定温度に保たれ、
 五感を麻痺させてしまう 「無粋な空間」 と訳が違います。
 
 話が 「火事」 ですので戻ります。
 燃えると灰になってしまう 「木と紙」。
 「無常」 の世界の冠たるもの。
 ちょいとうっかり、油断しようものなら、
 瞬く間に 「家」 は無くなってしまいます。
 故に恐ろしいものは、
 「地震」 「雷」 「火事」 「○○」 になってしまうのです。
 ○○は最近・めっきり 、この世に存在しなくなって・・・・・。
 江戸時代、世界の文化都市であった
 お江戸の町での火事は日常茶飯事の出来事でした。 続く。

座れば牡丹
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牡丹

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