明和の三美人 笠森お仙 46
鈴木春信はプロの女性を描くだけに留まらず、
お江戸八百八町で生活していた一般庶民女性までも
ファッションリーダーにしてしまいました。
その方々は
「笠森お仙」さん 「蔦屋およし」さん 「柳屋お藤」さん
以上の方々が通称、明和 (1764~1772年) の三美人
と云われた女性。
尚、笠森お仙らの詳しい事は
「鈴木春信は庶民女性(笠森お仙)をお江戸中の人気者に」
でご覧下さい。
素人のお嬢さんをいきなりファッションモデルにしてしまう構造。
既に、この時代にスタートしていました。
多分その時代、三人は見目麗しい女性だったに違いありません。
但し、今現在の美的基準とこの江戸時代は異なりますので、
くれぐれもご注意下さい。
絵に描かれている女性の目の描写表現が
全員細めですが、当然お目々ぱっちりの女性もいらした筈です。
この細い目の描き方が
この時代のファッションだったかも知れません。
同じ様な目でも子細に観察すると皆さんの表情が見て取れます。
絵師、鈴木春信 ・彫り師、□□ ・摺り師、○○
三位一体の共同作業で浮世絵版画が出来上がります。
お名前は歴史に登場しませんが彫り師 ・摺り師あっての
浮世絵師、鈴木春信になるのです。
私どもの業界も
服飾デザイナーさん (作絵 ・服バランス担当)
パタンナーさん (製図担当)
お針子さん (縫製担当)
の三位一体作業で洋服が形作られます。 (原材料は別として)
基本的に命名される方は代表としてのデザイナーさんですが、
その背景には 「縁の下の力持ち」 の存在あっての
服飾デザイナーさんになるのです。 続く。
早めの牡丹
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