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2007年4月11日 (水)

田沼意次はケインジアン  47

 鈴木春信が多色刷り版画、浮世絵 「錦絵」 の発表が1765年。
 その2年後の1767年に
 田沼意次 (1719~1788) が側用人になっています。

 彼の経済政策は当に、
 後の経済学者ジョン ・メイナード ・ケインズ (1883~1946)
 の 「有効需要論」 をケインズが生まれる以前に実施された方。
 結果は失敗に終わりますが、下総国印旛沼の干拓事業等の
 公共事業で 「需要」 創造し世の中に富を乗数的に増やす政策。

 田沼意次はそればかりではなく、
 商人に独占販売権を与える見返りに 「冥加金 (税金の様な物)」
 を江戸幕府に納めさせる 「株仲間」 制度を確立しました。
 現在の 「商業組合」 ってな感じ風。

 例えば、今の銀行事業をされている方々は、
 「日本銀行協会」 と云う株仲間を結成し、
 各銀行は日本国に法人税を納める一方、
 日本銀行協会はある特定政治団体に 「上納金」
 をお支払いになっています。
 この法人税と上納金を足したものが冥加金になります。
 田沼意次らは江戸幕府の財政赤字を必死に立て直す作業から
 考え出した政策にも関わらず、
 後の政治闘争 (一橋家の暗躍) の絡みで
 田沼意次が 「賄賂政治家」
 の代表に祭り上げられる結果になります。
 基本的に政治勝者側は良かれ悪しかれ、
 前政治経済政策者を扱き下ろすのは 「世の常」 です。 続く。

座れば牡丹
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牡 丹

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