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2007年4月 1日 (日)

京都西陣織と京友禅 42

 京都ついでに 「西陣織と京友禅」 について。

 これらの着物意匠は、今の世でも厳然と生き残っています。
 着物意匠と云えば、素材と絞り染めを除けば、
 この二つに凝縮されます。
 故に、「着物」と云えば、「京都」 になる訳です。

 西陣織の経緯は、以前 「慶長小袖と堺商(職)人」
 ちょいと触れました。
 着物地 (生地) 生産基地としての京都、西陣地区。
 京都 (高級呉服) 大消費地域を背景として
 目覚ましい発展を遂げます。
 フォルム (仏 forme) 固定の着物デザインですので、
 専らデザイン領域は素材の善し悪しと織り文様になります。
 「織物」 担当の西陣織。

 一方、織りに対してプリント(染め)で迫ったのが 「京友禅染め」。
 創始者は宮崎友禅斎 (1654?~1738?)。
 高級織物呉服の着用を規制された庶民の皆さんのお洒落心を
 宮崎友禅斎は救いました。
 織物での表現がだめなら、「絵」 で表現してしまいましょう感じ。
 鹿の子絞りの無地柄の上や絞り柄の空きスペースに
 手描きで 「花鳥風月」 等の絵柄を施したのです。
 最終的には、「白生地 (絹無地)」 がキャンバス代わりに。

 プリント (染め) は 「水」 が 「命」。
 京都も綺麗な 「川」 が流れています。
 話が逸れますが、京都盆地の地下水は 「神水」 と云われる程の
 美味しい水 (軟水)。
 その地下水が川に流れ出す伏見 ・山崎地区。
 伏見の 「お酒」、山崎の 「ウイスキー」 が美味しい由縁です。

 話を戻して、
 手描き友禅染めは京都庶民にとっては大歓迎。
 やがて日本全国に波及展開する事に。
 「加賀友禅」 は加賀国前田藩が京友禅を取り入れた成果。
 前田藩の染め師が京都染め師の全面模倣を嫌い、
 グラデーション (暈かし) を真逆にして存在感を出しています。
 尚、京友禅の発祥の件は
 「宮崎友禅斎の手描き友禅染」 でご覧下さい。 続く。

綻ぶ山桜
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山桜 真っ盛り

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