ひいなかたは京都から江戸 35
「デザインサンプル帳」=「ひいなかた」 (小袖雛形本) の話に
戻ります。
京都で流布したファッション冊子は、
やがて江戸に情報が持たされます。
江戸の呉服屋さん達は
こぞってファッション誌の発刊を手がけます。
これにより、
勢いお江戸庶民女性も小袖着物の 「ひいなかた」 を
手にとって見る事が可能になりました。
お江戸のお洒落女性は年を追う毎に
急上昇しようとしている最中ですので、
この 「ひいなかた」 は
彼女らのお洒落心にますます火をつけました。
1657年 「振り袖火事」 による復興需要で、
庶民の皆さんは大忙し、
建設・内装などの職人さん達はちょっぴり小金持ちに。
彼らのお嬢さんのお洒落欲求はこの事で満たされる事に。
需要と供給が相まって皆さん笑みが絶えません。
そして、この「デザインサンプル帳」=「ひいなかた」 の作製に
一役買ったのが、この時代のイラストレーターさん達。
それらの方々は、「浮世絵の絵師」 さん達でした。
その中でも、断トツの絵師さんは、
浮世絵の創始者と云われている 「菱川師宣」 さん。
(1631?~1694年) 彼は安房国 (今の千葉県) 生まれ、
彼の父は、着物に刺繍を施す、縫箔師をしていました。
多分、師宣は縫箔師のお父さんの背中を見て育ったのでしょう?
ちいさな時から、綺麗な着物を間近にしていたと思います。
最近では、コシノ母子関係の感じ。
コシノヒロコ・ジュンコ・ミチコさん達は現在もご活躍中。
菱川師宣は1672年 「武家百人一首」 と云う絵読本の
イラストレーターとしてデビューしていました。 続く。
綻ぶ桜
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