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2007年3月29日 (木)

尾形光琳、お江戸に旅立つ 40

 馬が合い、意気投合の尾形光琳と中村内蔵助。
 光琳からどの様な絵を買い求めたのかは不明ですが、
 1704年内蔵助は彼にご自分の肖像画も依頼しています。
 今現在、尾形光琳作の肖像画はこの一枚だけと思います。
 その貴重な 「絵」 は 「大和文華館」 で確認できます。

 そうこうしている内に、
 内蔵助は官僚、故の、部署変更 ・江戸出張を命じられます。
 花の京都から、華のお江戸へ出張です。
 光琳は一人京都に残ります。
 彼は、根っからの遊び人の金さん。その虫が蠢く日々。
 案の定、お金散財による、窮乏暮らしに戻ります。
 しかし、今回は尾形光琳、動きます。
 お友達の内蔵助を追い、彼も江戸に旅立つ事に。
 内心別れが辛かった内蔵助は思わぬ光琳の訪れにあな嬉し。
 彼は、京都地区ではメジャーな絵師としての尾形光琳を
 お金持ち大名やら幕府恩恵有りの豪商達へ、
 紹介 ・引き合わせの役に回ります。

 その時代 (とき) にできた作品が絵ではなく小袖着物柄です。
 現存するその小袖は東京博物館 所蔵 重要文化財
 「冬木小袖 (白綾地秋草模様描絵小袖)」 になります。
 冬木は冬木家の事。冬木家は深川木場の材木商さんです。
 江戸市中で日常茶飯事だった火事で財をなした豪商です。

 尾形光琳の繊細で、大胆な小袖文様のタッチ (touch) は
 後に、「光琳模様」 として一世風靡をした模様です。
 そのデザイン画と小袖着物は
 「続 江戸時代の女性衣装」 でご覧下さい。
 小袖雛形本 (ひいなかた) 本のコンテンツ (contents) 充実と
 日本のファッション界に尾形光琳は大貢献しました。

 光琳の代表作である、
 「燕子花図屏風」 (根津美術館 蔵) は江戸旅立ち前作品ですが、
 「波濤図屏風」 (ニューヨーク メトロポリタン美術館 蔵)
 「群鶴図屏風」 (ワシントン フーリア美術館 蔵)
 は彼の江戸在住時に作製された 「絵」 と云われています。

 光琳の5年程のお江戸暮らしは余り楽しくなかった感じです。
 生活の糧を得る事が先決でしたので、
 事務的にお仕事が続く、アンニュイ (仏 ennui) の日々。
 保守的で狩野派好みの大名、及び、
 「絵心」 を持ち合わせない成金豪商にとって
 狩野派のタッチと異なる新しい手法の 「絵」 を
 楽しんでくれるお洒落な大名は現れる由もありません。
 中村内蔵助が先に京都に戻ったのか、
 一緒に手を携えてルンルンと帰京したのか、
 やや不明ですが、江戸で稼いだ幾ばかりかの蓄えと共に、
 5年振りに、花の都、京都へ尾形光琳は戻ります。 続く。

綻ぶ山桜
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綻ぶ山桜

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