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2007年3月15日 (木)

絢爛の背景 修学院離宮 33

 後水尾上皇?の別荘が比叡山の麓に佇んでいます。
 1659年完成の修学院離宮です。
 今は無き?、日本の原風景です。

 約十六万五千坪を要する空間です。 (545,000㎡)
 棟は三棟。 その三棟を結ぶのは畔道 (あぜみち)。
 (今は、松が植えられ、松並木になっています。)
 棟はこけら (木屑)・茅葺きの 「数寄屋造り」。
 間 (部屋) もいたってシンプルで瀟洒な趣き。
 これ以上、削ったり、省いたりできない簡素な空間。
 醸し出す、繊細で研ぎ澄まされた美しいフォルム (仏 forme)。
 美しい姿 ・形を除けば、昔の田舎風景と紛うばかりの味。
 宮内庁ホームページでは後水尾上皇が造営されたもの
 と記載してありますが、
 この建設費用の大半を用立てたお方は、
 誰あろう、後水尾帝の奥様、東福門院 (徳川和子) さんです。

 僅か、14歳で京に上り、「虹」 (幕府と朝廷の架け橋) となり
 7人お子さんを設け、この1659年では53歳になられています。
 彼女の日本ファッション界への寄与など
 彼女にとっては、ほんの些細な出来事かも知れません。
 (しかしながら、わたくしどもは、大評価しています。)

 彼女は、既に何処かの時点で
 後水尾帝の最初の奥様にお子さんがいらした事。
 ご自分の入内に当たり、彼女の回りの方が気遣い、後水尾帝の
 お子さんがお腹にあった女性に対して堕胎を強いた事。
 明正天皇への譲位後は、
 後水尾帝の最大のお仕事 (この時点では?) である
 彼女以外にも継嗣お造りに励まれた事。
 愛しい後水尾帝の数々の所作を彼女は、ご自分の心の懐に
 収め、後水尾帝が思いのままに振る舞れる事を
 お認めになるお姿 ・お気持ち。

 ここが、わたくしたちが、彼女の事を、
 「お嬢さん中のお嬢さん」 と云う由縁であります。 
 否、「素敵な女性中の女性」 です。 
 アンチをお唱えになる皆様には失礼致しました。 

 『素敵な 「絵」 (絢爛着物) は 「シンプル空間」 (修学院離宮)
 を背景にすると、より豪華絢爛に美しく輝きます。 
 繊細で研ぎ澄まされた文化と手を施した美しさのコラボ。』 
 これぞ、まさしく日本文化の美の極致とは思われませんか。
                  続く。

☆修学院離宮の絵は動く絵(動画)で確認できます。
  「宮内庁ホーム 修学院離宮」 でご覧下さい。

  尚、私どもは以前 「十二単」 の資料紹介をしたく、宮内庁様に
  メールで問い合わせ (リンクの件) をした事がありました。
  その際、ご担当者様はご丁寧にお返事を下さいました。
  「そのまま、お進め下さい。」 と その節は有難うございました。

☆素敵な東福門院さんは、「東福門院 (徳川和子) と雁金屋」
  詳細をご覧頂けます。

綻ぶ桜
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綻ぶ桜

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