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2007年2月 5日 (月)

「お金」 も輸入していた日本 14

 今皆さんお使いの 「(信用) 貨幣」 は
 「ICチップ入りプラスチックカード」 か 「小切手」 「日本銀行券」
 の何 (いず) れかと思います。 (厳密には他、少々有り。)

 しかしながら、
 驚く無かれ、室町時代の中国からの輸入品で多かったのが
 「お金」 だったのです。 「宋銭 ・明銭」 の類(たぐい)です。

 日本での貨幣歴史は
   飛鳥時代の富本銭?
 → 奈良時代の和同開珎 (708年) の銀銭 ・銅銭
 → 日本最初金貨の開基勝宝 (760年)
   (藤原仲麻呂が太政大臣になった年です。)
 → 「皇朝十二銭」 (和同開珎を含む)
 何度か貨幣作製をしますが、流通経済までには乗らず、
 平安の世は専ら貨幣としての 「絹の反物」 で代用される
 要は、「物々交換」 の世の中 (世界)。
 → 後醍醐帝のトライを以て最後。

 室町時代、曲がりなりにもの商品流通経済を支えたのは
 「宋銭 ・明銭」 などの中国のお金だったのです。
 と云うよりも、「商品流通経済」 と云う代物が
 室町時代頃よりスタートする迄は、物と物との交換に
 (信用)貨幣が必要なかったと云う方が正確かも知れません。

 交換財としての信用貨幣は
 日本では 「山田羽書 (やまだはがき)」 が最初。(1600年)
 武田信玄、豊臣秀吉、徳川家康らが 「金貨」 を作製しますが
 「甲州金貨」 「慶長大判 ・小判」 などは、 
 物との同価値交換財で信用貨幣にはなりません。(銀貨も同じ)
 江戸時代に各藩が発行した 単なる印鑑押し紙=藩札 が
 純然たる信用貨幣になります。

 翻って考えるとこの時代世界に冠たる中華中国が
 少なくてもユーラシア (Eur asia) 大陸に於いて、
 アジア側の流通経済を担っていたとも考えられます。

 日本文化が崩壊し、やがて 「元、経済圏」 になると云う話も
 強(あなが)ち・・・・・。 私どもはまっぴらご免被ります。 続く。

梅春
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梅春の季節に!

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