無いようで有るもの (夢・幻) 11
江戸時代始め、この時代の日本人が
海の遙か彼方の南蛮人と考えていたフランス人、
デカルト (1596~1650) は、
「私は考える、ゆえに私はある。」
と 分かった様で分からない事をのたま (宣) っていました。
一方、この日本において、
デカルト以前に、
江戸時代 (徳川政権) じゃないものを作ろうと画策した、
上杉謙信 (1530~1578) は
「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」
織田信長 (1534~1582) は
「人間五十年 下天の内を比ぶれば 夢、まぼろしの如くなり」
と 表明しています。
デカルトを取るも良し、謙信 ・信長を取るも良し、◯◯も良し、
ご自分の気持ちに 合う ・ 会う・ 逢う・ 遭う・ 遇う 「詞」 を
探す旅。 「詞」 には、「貴男」「貴女」「◯◯」の置き換え可。
「夢」 と云えば DREAMS COME TRUE
ドリカムはトリオ (伊 trio) から デュエット (伊 duetto)
共同幻想 から 追幻想
の世界になったとお思いなら大間違い。
彼女らのセッション (session) では、サポート (support) する
バックバンド (back-band) 、ダンサー (dancer) らで構成する
共同幻想の世界が広がっているのです。(リスナー含む)
「私は知りたい、ゆえに私がいる。」 ってな感じでは・・・。 続く。
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