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2006年12月23日 (土)

足利義満の更なる攻撃 57

 後円融上皇による奥様への 「おいた事件」。
 義満側はマスコミ操作にかかります。
 何も知らない京に暮らす下々の方々へ、
 「有る事 ・無い事」 の内、主に 「無い事」 をより流布します。
 2月9日には、後円融上皇が京を脱出してしまう迄の始末です。
 流言飛語はホント、いい加減なものです。
 更なる追い打ちです。
 2月11日上皇の奥様以外で愛しい方が出家尼さんに。(按察局)
 この点に関して今谷氏は 「室町の王権」 で
 「のちに上皇が生母仲子に語ったところによると、按察局が
  義満に密通していると告げた人物がいた。当然、激怒した
  後円融が、内裏を追い払ったというのである。」
 と真偽不確かながら記されています。
 元来、人様の恋路には触れないのが礼儀?
 恋路は当事者のみにしか知り得ない事柄だらけなのです。
 人様の恋路はさておき、
 ここでの一番の問題点は、「ちくり」 をした方になります。
 「ちくり」 をされた方の利得は一体何だったのでしょうか?
 とかく人が転び易いのは、「金」 と 「☆」 と 「脅し」。
 下らない詮索は止 (よ) しましょう。
 何れにせよ、後円融上皇の 「権威」 は急降下。
 更にきつーい追い打ちをかけられます。
 今度は、義満が上皇を配流 (島流し等) すると云うデマを
 何と上皇の側近の方が後円融上皇に囁くのです。
 傷心続きの上皇は真に受けて、
 内裏の持仏堂に逃げ込み、自殺までも口にされたそうです。
 この危機を救い、育んで下さったのが、
 「お母さん (崇賢門院)」 だったのです。
 このパターンが古来からの段取りだったのですが、
 昨今は、この 「お母さん」 が、・・・・・・・・・・。
 現在のこの情況 ・状況には、詞を持ち合わせません。  続く。

 本日は、天皇誕生日。 心よりお祝い致します。

 神代の昔を除き、少なくても、507年の継体天皇より、
 幾度の危機を乗り越え、1499年間に渡り続いている血筋は、
 世界各国、民族を見渡しても存在しない事は事実です。

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