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2006年9月15日 (金)

源義朝と平清盛 7

 前回は源義朝の血脈の話をしましたが片手落ちにならない様に、
 今回は、平治の乱の勝者側の平清盛 (1118~1181) について。
 彼のご子息達は、皆さんご存じの様に壇ノ浦の戦で敗れます。
 しかしながら、ここにも歴史のドラマがあります。
 西園寺公経カップルのお孫さんは後嵯峨天皇の后になりました。
 彼女は、藤原きっし? (大宮院) (1225~1292) さん。
 彼女の父は、公経カップルの息子、西園寺実氏 (1194~1269)
    母は、藤原貞子 (1196~1302) さん。
 藤原貞子のお婆さんが、平清盛のお嬢さん、
 なな何と、建礼門院徳子 (1155~1213) さんの妹です。
 大宮院(きっしは女偏に吉です。)の存在により、
 1159年に敵対関係になった源義朝と平清盛はそれぞれ、
 ご自分達のお嬢さんのお陰で後の世、 「お友達?」 になる事に。
 男社会の権力闘争なんぞ、
 とても、とても、この事実に太刀打ちできませんでしょう。
 (時の経過は凄いものです。 諸行無常?)
 源義朝と平清盛は、どちらかで、
 酒を飲み交わし、手打ちをして、
 目を細め、喜び合ったと云う筋書きは如何に。  続く。

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