« ややオシャレは六波羅探題武士 13 | トップページ | ファッション革命 湯巻き 15 »

2006年9月29日 (金)

鎌倉の都の女性達 14

 それでは、女性のファッションはと云いますと、
 男性と同じく、一部の高貴な方を除いて、
 地味なスーパーカジュアルウェアーであった考えられます。
 と云うよりも、分からないのです。
 「吾妻鏡」 (鎌倉時代後期に成立?) には、
 宗尊親王の奥様の服の記述は有るのですが、
 得宗家の奥様 ・お嬢さん、安達家の奥様 ・お嬢さん等の方々の
 お召しものを記載してくれていません?
 ましてや、小京都と云われた鎌倉で過ごされていた
 女性の皆さんの服は、皆目見当がつきません。
 文武両道の鎌倉武士と云われる
 北条 (金沢) 実時 (1224~1276) みたいな方もいらしたので、
 どちら様かは、お書き下さった方がおられると思うのですが、
 私ども、生憎、持ち合わせておりません。
 話がそれますが、北条実時は清少納言の父、
 清原元輔 (908~990) の係累の末裔、清原教隆に学んでいます。
 この時代の、衣装 ・服の事柄が不明なのは、
 お洒落心の無い男性特有の
 「そんなもんに、かまっていられるか。」
 と云う類の感性が蔓延していたという風に考えるのも
 「とっても、癪ですし。」
 何とか、残されている文献で探し出したいと考えています。 続く。

|

« ややオシャレは六波羅探題武士 13 | トップページ | ファッション革命 湯巻き 15 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/79552/12081705

この記事へのトラックバック一覧です: 鎌倉の都の女性達 14:

« ややオシャレは六波羅探題武士 13 | トップページ | ファッション革命 湯巻き 15 »