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2006年5月11日 (木)

縹 時・女心の移ろい 8

 647年頃以前には既に
 「あお」 の概念は文字上は分離していた事になります。
 紺 (ふかはなだ) と云う文字も出現しています。
 「ふかはなだ」 とふりがなしました様に、
 今の 「こん」 でなく、この時代には今の青は
 「縹(はなだ)」 色と云う表記でした。
 それの深い色が今現在の紺色です。
 平安中期時代、清少納言の枕草子に出てくる 「あお」 の表現、
 頭の中将の、すずろなるそら言を聞きての段
 「いせの物語なりやとてみれば、あおきうすやうに、いときよげに
  書き給へり。」
 めでたきものの段
 「六位の蔵人。いみじき君達なれど、えしも着給はぬ綾織物を、
  心にまかせて着たる、あおいろ姿などのめでたきなり。」
 宮の五節いださせ給ふにの段
 「辰の日の夜、摺の唐衣、汗衫をみな着せさせ給へり。」
 これらの 「あお・青」 は今の 「青緑」 色になります。
 この表現には、太古の観念・概念の感性残像があったやも。 続く。

 縹は別名(花田)で 「貴人も庶民も白妙の衣と赤裳」 で紹介しました
 万葉集、白妙の衣を月草の花汁で摺って染めた色。
 今は 「露草(つゆくさ)」。 その色は落ちやすく、
 時の流れ(うつろい)・女性の心(うつろふ)?に例えられたとさ。

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