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2006年5月15日 (月)

高貴(あて)なる紫色 10

 後残るは長期に渡り絶賛された 「紫」 色です。
 なぜ 「紫色」 がナンバーワンであり続けたのか?
 日本の伝統色並びに草木染めの研究をさなっている先生方
 におかれましては、この点につきましては、
 近代経済学的経済合理性に基づくご説明になっています。
 (完全後付?なのです。)
 紫色の染め原料の 「紫根」、紅(赤)色の染め原料の 「紅花」 は、
 非常に手に入りにくく、希少性からくる高価な原料であった為と、
 皆さん述べられています。
 しかしながら、
 この論理ですと、両色ともにトップにならなければなりません。

 冠位十二階制 (603年) 推古帝 紫 青 赤 黄 白 黒
 冠位十三階制 (647年) 孝徳帝 紫 緋 紺 緑 黒
 冠位二十六階制 (664年) 天智帝 紫 緋 紺 緑 黒
 諸臣四十八階制 (685年) 天武帝 赤 紫 緑 葡萄(えび)
 改定四十八階制 (690年) 持統帝 赤 紫 緋 緑 縹
 諸臣三十階制 (701年) 文武帝 紫 緋 緑 縹
 養老令 衣服令 (718年) 元正帝 紫 緋 緑 縹
      (天武・持統帝の赤は朱華)

 赤は
 推古天皇の時代(とき)は№3、天武・持統天皇で初めて№1、
 以外は常に№2。
 それに比べて、
 紫色は
 天武天皇の時代(とき)の除けば、
 すべて№1の位置をキープしています。
 その後の時代もずーっと一等賞なのです。           続く。

養老令衣服令の位階の服色は「続平安朝」へ。

☆ 紅花が別名、末摘花(すえつむはな)と云われた訳は、
 「紅花は 略 、橙黄色のアザミに似た花で、初夏の頃花を開く。
  この花弁と摘んで紅の染料 略 、それを摘むのは早朝露のある
  頃にまず外側(末)の開いた花びらを摘み、翌朝また開いた部分
  摘む。これを三、四日続けて花を摘み終わる。」 とあります。
  長崎盛輝さんの「色・彩飾の日本史」から。
  源氏物語 末摘花の巻
 「(鼻は)あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて(赤く)色
  づきたること・・・。」 と。今の美的センスでは (目) 鼻立ちが整
  い西洋的な血が混じっていてハーフっぽく感じ、
  或いは 「公家鼻」 って感じもして中々と思うのですが・・・・・。
 『千年の恋 ひかる源氏物語』 では、鷲尾真知子さんが。

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