« 聖武天皇(帝)の礼服と装飾 58 | トップページ | 絹以前の事 白妙 60 »

2006年4月15日 (土)

日本書紀 呉国 織姫 絹 59

 嘘か誠か、誠か嘘かは知る由もありませんが、

 『日本書紀 
  仲哀天皇 9年  新羅より絹・かとり(糸偏に兼)貢し。
  応神天皇14年  漢人融通王、秦氏を率いて帰化し絹帛等を献ず。
  応神天皇の朝  支那の帰化人 中略 呉国に遣わして、
  織縫の工女 ~ 弟緩(おとひめ)略を求め来りし。
  雄略天皇 6年  后妃をして親ら桑をとりて、
  蠶(蚕)事を勧め給へる。』
 
 と関根正直さんは述べています。
 (正直さんは、谷川士清氏の引用です。)
 従いまして、少なくても存在が確認されていると思われる
 継体天皇(450?~531年?) 以前に、
 この日本の国においても 「絹」 が生産されていたと考えられます。
 聖武帝のお召し物は、極上の光沢を発していた 「絹」 素材です。
 呉国は、魏・蜀・呉 「三国志」 で有名な孫権が治めた国。
 三国志の光栄はみんなもう飽きたのかしらん
 今はもう死語になりつつある 「呉服屋」 さん、
 この呉服は呉の国からはるばる海を渡って
 日本に来られた「織姫」さんに因んだ言葉。
 牽牛さんには、年一回しかお会いできないとの事ですが、
 この日本に、よくぞお越し下さりました。感謝の念に耐えません。 
                  続く。

☆ 織姫さんのお話しは 「続 平安朝 (平安時代) 衣装」 で。 

|

« 聖武天皇(帝)の礼服と装飾 58 | トップページ | 絹以前の事 白妙 60 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/79552/9601191

この記事へのトラックバック一覧です: 日本書紀 呉国 織姫 絹 59:

« 聖武天皇(帝)の礼服と装飾 58 | トップページ | 絹以前の事 白妙 60 »