« 吉祥天女像への彩色絵 30 | トップページ | 王羲之と藤三娘の心意気 32 »

2006年2月19日 (日)

光明皇后と孝謙・称徳帝の心31

 「みやび前の服(吉祥天女)十」
 四文字熟語の元号についてお話しをしました。
 杉本苑子さんが 『女性はどう学んできたか』 で、
 「それまでの二文字と決まっていた年号を四文字にしたのも
  則天武后─つまり則天大聖皇帝の時でした。 中略 
  光明皇太后はそっくりそれを真似ているのです。」
 と書いておられます。
 検証してみます。
 約20年の間の5件の四文字熟語元号
 最初が749年の 「天平感宝」
 同じく749年に 「天平勝宝」、
 757年には 「天平宝字」 に、
 765年に 「天平神護」、769年に 「神護景雲」。

 光明皇后さんの生没年 (701~760年)
 藤原仲麻呂さんの生没年 (706~764年)
 孝謙・称徳帝 の生没年 (718~770年)

 

 749年 聖武帝がお嬢さんの孝謙帝に譲位 天平感宝
  藤原仲麻呂さんが紫微中台(仮政府)の長 天平勝宝
 757年 養老令の施行 天平宝字
 760年 光明皇后がご逝去  
 765年 道鏡、太政大臣禅師に 天平神護
 769年 道鏡、法王の位に 神護景雲

 となりますので、少なくとも、天平神護と神護景雲の2件は
 孝謙・称徳帝のご意志が入っている事に。
 光明皇后と孝謙・称徳帝の親子二世代に渡り
 「翔んでる女性」 だったのではないかと思います。
 今の世の親子 「ペアールック」 だったりして? ドキッ。 続く。

|

« 吉祥天女像への彩色絵 30 | トップページ | 王羲之と藤三娘の心意気 32 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/79552/8733666

この記事へのトラックバック一覧です: 光明皇后と孝謙・称徳帝の心31:

« 吉祥天女像への彩色絵 30 | トップページ | 王羲之と藤三娘の心意気 32 »