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2006年1月23日 (月)

奈良朝の服は男女同権? 17

 メンズは私共門外漢ですのでこれ位にして、
 専門のご婦人服に戻ります。
 さりながら、この時のレディースとメンズは
 余り差異がなかった感じなのです。(アイテム(単品)として)
 衣(きぬ・ころも)・袍(うえのきぬ)と云う表着は、
 形に違いあれど羽織物しては同じ、
 ボトムは共にワイドバギーパンツ(袴)。
 パンツを覆(おお)う、「みやび前の服(令集解)五」
 お話ししました腰下前掛けドレス (エプロンドレス) も
 男女共におつけになっていました (裳・褶・裙)。
 帯も機能様・装飾用共々一緒。又、又、履・沓・靴も。
 ホント男女同権?
 大きな違いは、小物で、メンズ方のみ装飾用刀一本
 (かなり時代が下っての大小二本の刀ではなかった。)
 と今の神社の神主さんが持っている定規の様な板の笏(しゃく)。
 この当時はワシントン何とかがなかったから象牙製との事。
 表着(ガウン)の前合わせに関しても、
 未だ統一されていない状況だったみたいです。
 襟(えり) (着物は衽(おくみ)) が襟右前か襟左前かが混然状態。
 やがて時が流れ、
 みやびの世までには、レディース・メンズ共に
 「襟が左前」 左身頃が右身頃の前になった様です。 続く。

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