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2006年1月21日 (土)

ダイエットは三日坊主 16

 1250年程前の奈良の都に素敵な「革靴」が存在していたのです。
 その続きで、メンズには、「ベルト」 もあったのです。
 名称は 「石帯」 (いしのおび)との事。
 石の帯と云っても、石を繋ぎ合わせて帯状にしたものでありません。
 素材は 「皮」、色は 「黒」。装飾に10個程、
 丸い玉や四角い石を付けていたそうです。
 『束帯の時着用したる帯なり。』
 と正直さんが書いて下さっていますので、
 礼装時にはベルト着用だったみたいです。
 初期は、留め具の尾錠は、今のものと全く変わりないです。
 ただ皮に留め穴が開いてなく、両方金具になっています。
 (どの様に止め付けたのかは今のところ不明です。)
 これだとウエストサイズが固定されてしまいます。
 その時の方もダイエットに勤(いそ)しまれたのか?
 と思いきや佐に有らず、
 やがて、そのベルトの背中部分のみが皮製(金属付き)で
 それ以外は、組糸と背中部分の皮とジョイントして、
 前で結んだとの事です。
 これだとウエスト調節が可能になり、めでたしめでたし?
 美味しいものに目が眩みダイエットは三日坊主?何れの世も・・・。
 つけ足しで、クラッチバッグに似よりなものもありました。
 と云ってもこれは形状が全く違います。
 名前は 「魚袋(ぎょたい)」 で
 縦長の長方形箱に紐が付いていて、石帯に提げていたそうです。
 その用途は、今のICカードに当たるチェック用の札板?
 みたいな物をそれに入れていたとの事。
 お隣の唐の真似だったみたいで、
 やがて穏やかな時を迎えた際には 「顔パス」 で、
 バッグは無用の長物になったとさ。 続く。

 ベルト (石帯) とクラッチバッグ (魚袋) の絵はこちらで。

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