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2005年12月21日 (水)

奈良朝の服(令集解)三

 その時代から既に
 今の世のバレッタに似通ったアクセサリーがあったんです。
 男の子はバレッタが分からないと思いますが、
 髪留めで髪をまとめてパチンと留めるもの。
 それでもわかんない場合は、
 大概の女性はお持ちになっていますので、
 お近くの女の方にお聞きになって下さい。
 ワンポイントの動物柄は「延喜式」に書かれているとの事。
 延喜式は醍醐帝の命(905年)で
 藤原時平・忠平兄弟さん達がお作りになり、
 927年に出来上がり、957年より施行ですって。
 延喜(901年~923年)の 「式」 は、
 「律」(刑法)と「令」(行政法・訴訟法等)の細かい規則を定めたもの。
 そんなこわーい処にアクセサリーの形まで書いてあるなんて
 「お洒落(おしゃれ)」 でしょう。
 <小さな声で、ホントは 「差異表示」 なのです。ゴメンネ。>
 次は、衣で正直さんはルビをふってくれていませんが、
 たぶん 「きぬ」 と読むと思います。
 服地は、この世から今の世も、
 何とも云えなくうっとりする肌触りを持つ「絹(きぬ)」の生地ですので
 「衣(ころも)」 と書いて「きぬ」と云っていたようです。
 余談で、平安時代以前には、
 服地は絹以外に
 毛布・皮(レザー)・麻(ラミー)・木の皮などがあった様です。
 麻はリネン(長繊維)でなくラミー(短繊維)で、
 台風の季節に
 必需品となる土嚢(どのう)の袋の布をイメージして下さい。
 ウール(毛)素材に例えると、
 ラミーは去年の秋冬に流行ったジャケットの衿・裾・袖口等を
 わざと裁ち切りにして房(ふさ)の状態にし易い
 ツィード素材みたいな感じ。
 この時代にはまだ木綿(綿)はありません。  続く。 

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