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日本のハイファッション 歴史

只今、江戸時代のファッション
「粋」 と 「いなせ」 と 「艶」 を
       展開中

女性の慈悲が日本文化の源
日本ファッションの心的現象。
卑弥呼
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    如意輪観音像
      弥勒菩薩半跏像
        薬師寺吉祥天女像

清少納言 紫式部 和泉式部

東福門院 勧修寺晴子 春日局
笠森お仙 蔦屋およし  お藤

お江戸カジュアルファッション
粋なお姉さんの出で立ち
現在のファストファッション風?

 <尚、上の原画は粋な葛飾北斎さん。>
 以上の女性の皆さんが日本のファッション界を牽引した
 ファッションリーダーの方々です。
 彼女らの 「内なる装い」 と 「外なる着衣」 ハーモニーの色々。

heart01 UP TO DATE ホットでクールな伊邪那美命 230
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 ファッションとは
 流行(日本) 時装(中国) mode(フランス) fashion(アメリカ)
 日本ではながれゆくもの、中国ではときをよそおうもの。
 フランスでは上流社会の方々のもの。
 アメリカではメンズトラッド以外、フランスに頭が上がらないもの。
 それらのものを造り出す、
 イタリア、アルティジャーノ (伊 Artigiano)=職人 の みなさん達。
 
 「(ゆ) く川のれは絶えずして、しかももとの水にあらず。」
 約 800年前の鴨長明さんもファッションを語っています。
 長命時代の わが NIPPON ハイファッション
さあ、何処へ行く???
 


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  日産 アドギャラリー 「おもてなし」 と云う 和のこころ 60秒で
 玄冶店 濱田家 お江戸情緒が残る人形町での食のおもてなし
 


 軽薄短小的カジュアルファッション情報
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 2 「早い」 「安い」 「みんな一緒」 のファストファッション
 3  FOREVER21 (21歳以上になりたくないシンドローム?)
 4 「銀座」 「金座」 今や 「銅座」 へ
 5 「ネバーランド」 取り戻せなかったムーンウォークの終演
 * 若者に 「新しき」、お年寄りには 「懐かしき」 ハイボール
   「お天道様々 あんたがエライ。」
(文責 ZIPANGU・慈汎倶)spacer
 

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2009年7月12日 (日)

ホットでクールな伊邪那美命 230

 もう一度 色っぽい 日本列島をご覧下さい。

艶なる日本 伊邪那美命

  画像の日本地図は平成2年3月25日発行、
 文部省 (現在文科省) 検定済、
 中学校社会科地図 帝国書院、p59 掲載を参考にしています
 そしてこの地図は
 日本国勢地図帳1977年度版と記載されています。
 タイトルは (日本) の「夏の気温」。
 今から約30年前、
 日本の夏の暑かった所ほど赤味を帯びています。
 その中で一際赤い飛鳥・奈良時代の都、奈良盆地。
 伊邪那岐命の愛は
 伊邪那美命の大事な処を目一杯火照り熱くさせています。
 しかしながら、彼の愛撫が上半身をけっ飛ばしてしまった為、
 伊邪那美命のご尊顔に当たる、陸奥・出羽の国はさっぱり。
 ましてや、髪の毛 (頭髪) 或いは冠部分の蝦夷地は真っ白。
 これでは縄文人顔の彫りの深い方々が
 たくさんお住まいの地域は決して発見できません。
 (縄文人顔の件は日本列島人の誕生をご覧下さい。)
 この時期、北海道が日本の地勢図に描かれていないのは
 この事で納得できるとお思いになりません?
 伊邪那美命の立場では頭はとってもクール。
 下半身は萌えに燃えても理性はしっかりの平座 (へいざ)。
 これが奥床しい日本女性の真骨頂かも知れません。
 女性の手のひらの中で右往左往するやんちゃな殿方達、
 大和撫子の凄さが実感できましたかしら

 約30年前の 「日本の夏」 から一転してしまった今日この頃、
 沖縄~北海道まで、夏の気温の差異は殆どない状況。
 これって数限りある地球エネルギーの使い過ぎのみならず
 ひょっとしたら
 日本の男性が
 女性の隅々まで優しくしてくれる様になったから・・・。
 嫌々これは無いでしょう?????                         続く。

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2009年7月 5日 (日)

艶なる古事記読み 229

 概して女性は閨事 (ねやごと) において性急さを好みません。
 「序破急」 「起承転結」 のリズムを刻んで下さらないと・・・?
 稗田阿礼はどちら様に教わったのかは知れませんが、
 その点をよくよく弁 (わきま) えていたと考えられます。
 ここで、以前紹介しました 「グーグルアースの地球と日本 220」
 風な位置関係に日本列島を配してみます。

艶なる日本

 日本列島を伊邪那美命と見立てて下さい。
 日本海側は伊邪那岐命になります。(日本男性は右利きが多い。)
 タッチのスタートはスイートスポットの近くの淡路島。次に、

  ⇒ 伊予国 (愛比売)
  ⇒ 讃岐国 (飯依比古)
   ⇒ 阿波国 (大宜都比売)
   ⇒ 土佐国 (建依別)

   ⇒ 隠岐    (天之忍許呂別)

   ⇒ 筑紫国 (白日別)
   ⇒ 豊国    (豊日別)
   ⇒ 肥国    (建日向日豊久士比泥別)
   ⇒ 熊曾国 (建日別)

   ⇒ 壱岐    (天比登都柱)
   ⇒ 対馬    (天狭手依比売)

   ⇒ 佐渡島

   ⇒ 大倭豊秋津島 (天御虚空豊秋津根別)

 赤地部分はソフトにタッチ、黒地部所はハードな動き。
 大腿部から足先へ。
 と思いきや 突然バストサイドへチュッ。
 やがて、最後は全身をハグ・ハグ ッッ。
 何て素敵な男性な事っー・・・・・・・・・・。
 
 ってな古事記浅読みはけしからんと云われますか?
 稗田阿礼はきっと鳥瞰的に物事を考えることができた
 「お茶目」 なお方と思うのですが・・・。
 何せ彼は、ご自分のことを稗 (ひえ) を栽培する田と源氏名とし、
 それに対して 「アレーー。」 ですもの。
 さすがの北野武監督さんもビックリか。
 それはさておき、この時代の殿方は寝所において
 女性の上半身、特に、胸・顔には甚だ無関心のご様子。
 ひょとしたらこの文化?現代まで引っ張られているかも・・・。
 男性の方々はご自分の胸に手を当てて見て下さいな。
 という事で艶なる古事記読みでは
 淤能碁呂島は女性のデリケートゾーンに当たる
 日本地図で真っ赤に燃える 「奈良盆地」、 
 古事記の表記ですと 美蕃登 (みほと)」 となるのです。 続く。

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2009年6月28日 (日)

古事記のイントロ 国生み 228

 お二人の愛の営みにより元気なお子様が と展開するとノーマル
 なのですが、古事記作者はお隣中国の創世神話伝説に則り、
 先ず、(日本) 国を生む (作る) ことから始まるのです。
 淤能碁呂島 (おのごろしま) がお二人のスイートホーム。
 この基点が何処かはいとも簡単に想像可能です。
 その事は後程のお楽しみ・・・・・。
 古事記の原作者される、稗田阿礼 (ひえだのあれ) は
 下記の順で日本の島々を紹介します。

 島・国 別 名 現在
       
淡道之穂之狭別嶋   淡路島
伊予之二名嶋    
  伊予國 (愛比売=えひめ 愛媛
  讃岐國 (飯依比古=いいよりひこ) 香川
  粟國 (大宜都比売=おおげつひめ 徳島
  土左國 (建依別=たけよりわけ) 高知
隠伎之三子之嶋 天之忍許呂別 隠岐諸島
    (あめのおしころわけ)  
筑紫嶋    
  筑紫國 (白日別=しらひわけ) 福岡・佐賀
  豊國 (豊日別=とよひわけ) 大分・福岡
  肥國 (建日向日豊久士比泥別= 熊本・宮崎
    たけひむかひとよくじひねわけ)  
  熊曾國 (建日別=たけひわけ) 熊本・鹿児島
伊伎嶋 (天比登都柱=あめひとつばしら) 壱岐
津嶋 (天狭手依比売 対馬
    あめのさでよりひめ  
佐度嶋   佐渡島
大倭豊秋津嶋 (天御虚空豊秋津根別= 本州
    あめのみそらとよあきつねわけ)  

 古事記では上の8島を
 「大八嶋國 (おおやしまのくに)」 と記しています。
 現在の教育・常用漢字での表記なら 「大八島国」。
 
 次に

 島・国 別 名 現在
       
吉備兒嶋 (建日方別=たけひかたわけ) 備讃諸島
10 小豆嶋 (大野手比売=おおのでひめ) 小豆島
11 大嶋 (大多麻流別=おおたまるわけ) 何処か?
12 嶋(ひめしま) (天一根=あめのひとつね) 福岡・大分姫島
13 知訶嶋 (天之忍男=あめのおしお) 何処か?
14 兩兒嶋 (天兩屋=あめのふたや) 何処???

 この7世紀後半から8世紀前期に認識できた6島を上げています。
 すべてそれぞれ大事な島々だった事でしょう。
 そして。女性感じ風を赤に、男性感じ風を黒のままにしてみます。
 それでは淤能碁呂島の位置を推し量ることにしましょう。  続く。

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2009年6月21日 (日)

古事記 お二人のささやき合い 227

  お二人の愛のささやき・心の遣り取りを再現。

 於是問其妹伊邪那美命曰。汝身者如何成。
 そこで伊邪那岐命は妻の伊邪那美命に、
 「おまえの身体(からだ)はどんなになっているか」
 とおたずねになったので、

 答曰吾身者成成不成合處一處在。爾伊邪那岐命詔。
 伊邪那美命は、「わたしの身体はよくできていますが、
 足りないところが一ところあります」 とお答えになった。

 我身者。成成而成餘處一處在。
 伊邪那岐命は、「わしの身体もよくできているが、
 あまったところが一ところある。

 故以此吾身成餘處。刺塞汝身不成合處而。
 爲生成國土奈何(訓生云宇牟下效此)。
 それじゃによって、わしの身体のあまったところを
 おまえの身体の足りないところに刺し入れ、塞いで、
 国を生みたいと思う。どうだろうか」 とおっしゃった。

 伊邪那美命答曰然善。
 すると、伊邪那美命は、「それがいいわ」 とおっしゃった。

 伊邪那岐命は男性ゆえにだらだらウザイですが、
 伊邪那美命はさすが女性、さっぱりと 「O.K.」 だけですもの。
 いにしえより女性って大胆不敵で決断力があるでしょう。
 
 その後に触れるのは野暮って云うもの、
 おあとはよしなに・・・・・。                    続く。

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2009年6月14日 (日)

仲良し 伊邪那岐命と伊邪那美命 226

 伊邪那岐神と伊邪那美神が登場する部分は
 古事記では漢字表現で下記の様に記されています。
 (伊邪那岐神と伊邪那美神は各々 「命」 と変化。)

 「於是天神諸命以。
 詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。
 修理固成是多陀用幣流之國。
 賜天沼矛而。言依賜也。
 故二柱神立(訓立云多多志)天浮橋而。
 指下其沼矛以畫者。
 鹽許袁呂許袁呂迩(此七字以音)畫鳴(訓鳴云那志)而。
 引上時。自其矛末垂落之鹽。累積成嶋。
 是淤能碁呂嶋(自淤以下四字以音)。

 其嶋天降坐而。
 見立天之御柱。見立八尋殿。
 於是問其妹伊邪那美命曰。
 汝身者如何成。
 答曰吾身者成成不成合處一處在。
 爾伊邪那岐命詔。
 我身者。成成而成餘處一處在。
 故以此吾身成餘處。
 刺塞汝身不成合處而。
 爲生成國土奈何(訓生云宇牟下效此)。
 伊邪那美命答曰然善。」              (「古事記」 岩波文庫)

 梅原猛さんは上の表現を次の様に現代語訳されています。

 「ここで、別天つ神たちは多くの神さまの命令だといって、
伊邪那岐命、伊邪那美命の二柱の神に、
『このただよって不完全な国を整えて完成してほしい』
とおっしゃって、
玉で飾った天の沼矛(あめのゆぼこ)を賜って、おまかせになった。
 そこで、二柱の神は、天井と地上をつなぐ
天の浮橋(あめのうきはし)に立って、
その沼矛をさし降ろしてかき回すと、
海水がコロコロと音をたてて鳴った。
そしてその矛を引き上げなさったときに、
その矛の先からしたたり落ちた塩が積もりかさなって島となった。
これが淤能碁呂島 (おのごろしま) である。
 その島にお降りになって、天の御柱(あまのみはしら)を選んで
お立てになり、立派な御殿をおつくりになった。
そこで伊邪那岐命は妻の伊邪那美命に、
『おまえの身体(からだ)はどんなになっているか』
とおたずねになったので、
伊邪那美命は、『わたしの身体はよくできていますが、
足りないところが一ところあります』とお答えになった。
伊邪那岐命は、『わしの身体もよくできているが、
あまったところが一ところある。
それじゃによって、わしの身体のあまったところを
おまえの身体の足りないところに刺し入れ、塞いで、
国を生みたいと思う。どうだろうか』 とおっしゃった。
すると、伊邪那美命は、『それがいいわ』 とおっしゃった。」
 (前出 神々の流竄p379)
 
 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P7の14行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。              続く。

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